6月14日からPrime Videoにて配信がスタートしたドラマ『1122 いいふうふ』の原作を描いた漫画家・渡辺ペコさんと、7月9日からスタートしたTBS系ドラマ『西園寺さんは家事をしない』の原作を描いた漫画家・ひうらさとるさんの対談が実現!
『1122 いいふうふ』のテーマである「セックスレス」、『西園寺さんは家事をしない』のテーマである「家事」を中心に、それぞれの考える現代のリアル・ライフについてインタビュー。おふたりが作品を描くに至るまでの考えや、家事と仕事のバランスや、おふたりが思う「いい夫婦」について伺いました。
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〇作品を描くに至るまで
ひうら「結婚をゴールに据えた物語を描き続けていたことに疑問を抱いた」
―――〈自分が描いてきたときめきの落とし前をつける作品にしたい〉と、前作『聖ラブサバイバーズ』の連載開始時にひうらさんがおっしゃっていました。今作『西園寺さんは家事をしない』にも通じる想いがあったのでしょうか。
ひうらさとる(以下、ひうら) そうですね。これまで描いてきた物語では、主人公が直面するさまざまな問題を、恋愛のエモーショナルな勢いで解決してしまうことが多かったと思うんですよ。現実は、そうはいかないことだらけなのに、ときめき幻想みたいなものを増長させてしまったんじゃないか、という思いがずっとありました。『聖ラブサバイバーズ』は女性用風俗など性的な側面に焦点をあてましたが、『西園寺さんは家事をしない』では性愛を介さない偽家族という関係性を通じて「ときめく恋愛ももちろんあるけど、こういうケースもありますよ」という選択肢を提示できたらな、と思ったんです。
渡辺ペコ(以下、渡辺) そういう意識をもたれるようになったのって、いつぐらいからですか?
ひうら 『ホタルノヒカリ』を描き始めたくらいでしょうか。恋愛を面倒くさがる蛍を主人公にしたのは、当時、まわりにいた20代の女性たちと話していて、実はあんまり恋愛が好きじゃないんだなあと気がついたから。でも、思い返してみれば、私自身、さほど恋愛が好きでも得意でもなかったんですよね。それなのに、なぜか女の子は好きに違いないと思って、結婚をゴールに据えたハッピーエンドの物語を描き続けていた。そのことに、疑問を抱いたんです。
渡辺「エモーショナルな結びつきを重視しすぎることには懐疑的だった」
―――以前、渡辺さんもおっしゃってましたよね。子どものころから異性恋愛至上主義の空気が醸成されていて、美しく描きすぎたことで起きた問題もあったのではないか、と。
渡辺 そうなんです。私も、若いころは、恋愛はするものだと思い込んでいたし、一生懸命やってはいたけれど、振り返ると全然向いていなかったなって思うんですよね。読み手としては楽しんでいたけれど、どちらかというと恋愛が必ず結婚に帰結することや、エモーショナルな結びつきを重視しすぎることには、懐疑的だったなあって。向いていない人に向けて、恋愛以外の物語も必要なのではないか? という気持ちが、最近では強くなっています。ひうらさんのおっしゃるとおり、現実はエモーショナルな勢いだけでは解決できないことだらけだし……。
ひうら できないですよねえ。
渡辺 とくに結婚って、生活というか人生のすべてに関わってくることだから。できる限りシラフな状態でかわしたほうがいいよなって思うんですよね。酔っぱらって大事な契約をかわさないのと同じで、恋愛の脳内物質がどばどば出ている状態で突っ走ってしまうのは危険なのかな、と。
ひうら ただ、これまでずっとエモーショナルで描いてきたから、『西園寺さんは家事をしない』で、恋愛から始まらない関係を描くのは、けっこう難しかったです。西園寺さん自体、描いたことのない主人公でしたからね。これまではコンプレックスをバネに一生懸命がんばる子が多かったけど、彼女は仕事ができるし、犬を飼うために家を買っちゃうくらい経済力も決断力もある。美人で、自分に自信があって、トラブルが起きても冷静に対処できるし。
渡辺 ものすごい安定感がありますよね。本来、物語というのは、主人公を通じて多少の揺るぎを描かないといけないんだけれど。
ひうら 本全然、揺るがない。パニックにならない(笑)。でも、そういう彼女だから、年下のシングルファザー・楠見くんを娘のルカごと引き受けるという展開にも、偽家族という関係にも、説得力をもたせられたんだろうなと思います。西園寺さんの気持ちは、同居するうちにだんだん恋愛に変わっていくんだけど、これまでの主人公と違って相手を「守りたい」と思える人として描けたのも、新鮮でした。世間にプレゼンするような名前を自分たちの関係性につける必要なんてない、という結論にたどりつけたのも、きっと彼女だったから。
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〇家事と仕事のバランス
ひうら「意識して“一緒”の時間を大切にするようにしている」
―――お二人は、仕事と家庭(家事・育児)はどのように両立してらっしゃるんですか?
ひうら 私は夕方までで仕事を終わらせると決めていて、それ以降はプライベートの時間として家族とごはんを食べたり話をしたり、一緒に過ごす時間をもつようにしています。朝も一時間くらいは家族の時間にあてているかな。忙しくてどうしても時間がとれない、ってこともあるんだけれど、うちは夫が家事をメインで担当してくれているので、日々の積み重ねで夫の不満が積もらないようにしています。
渡辺 私はひうらさんみたいに、仕事の時間をしっかり分けるということがなかなかできなくて。とくに締め切り前は夜も仕事しっぱなしなので、育児は夫の担当。最低限の家事だけ私がやるって感じになっています。不満の解消って、どんなことをされているんですか?
ひうら うちの夫は、家事を任せられることに不満は持たないんですけれど、忙しさにかまけて蔑ろにしたような態度をとるとしょんぼりしてしまうんですよね。……って、夫に限った話ではないですけど(笑)。ただ、家族で過ごす時間が大好きな夫に対し、個人主義の私は「みんなで一緒に」を軽んじてしまうこともある。だから意識して「一緒」の時間を大切にするようにしている、という感じですね。そうすると私自身、オンオフの切り替えができてよりいっそう仕事を頑張ろうという気持ちになれるので。
渡辺「自分と相手との関係性のなかで誠実に求め続けるしかない」
―――そのスタイルは、最初からうまくいっていたのでしょうか。
ひうら ずいぶん喧嘩も重ねて、今のかたちに落ち着きました(笑)。『西園寺さんは家事をしない』で描いたことでもありますが、一緒に暮らし始めたころは、家事を半々にしようと頑張っていたんですよ。私も料理はちゃんとつくろうと。でもね……料理できる人ってこだわりが強いんですよ。つくったものにあれこれ言われていやになっちゃって、得意なほうにまかせま~すと退場するまでにいろいろありました(笑)。友達の家に一晩家出する、なんてこともしょっちゅうでした。
渡辺 でも、そうやって喧嘩するのが大事だって、以前おっしゃっていましたよね。
ひうら そうですね。ひどい喧嘩を重ねても、夫は私を諦めないでいてくれる。それはありがたいなと思います。
渡辺 『1122』を描いてから、「いい夫婦とは?」と質問されることがすごく増えたんですよ。そのたびに、結婚におけるセックスの位置とか、自分なりに一生懸命考えて答えるんですけど、「これだ!」という結論はやっぱり、なかなか見つからない。人それぞれだとしか言いようがないんだけれど、それは答えを見つけることを諦めているわけではなく、決まったかたちがあるものではないから、自分と相手との関係性のなかで誠実に求め続けるしかないんだと思います。ひうらさんと夫さんが、諦めずに模索し続けてきたみたいに。
ひうら 個人的な体感としては、きっちり平等にしようと思わなくていいんじゃないかとは思いますね。
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〇「いい夫婦」とは?
ひうら「作品が、夫婦像に対するとっかかりを模索するきっかけになったらうれしい」
渡辺 そういえば、『1122』を描くときに、いろんな人に夫婦の関係をヒアリングしたんですけれど、ものすごく仲がよくて信頼関係のある夫婦ほど性的な関係がないことが多かったんですよね。もちろん、本音の部分では不満もあるのかもしれないけれど、聞いた限りでは「これでいい」と感じているようでした。ほとんどが30代と若かったので、驚いたんですけれど、あんまりセックスを愛情のよりどころにしないほうがいいのかもしれないな、とは思いました。
ひうら 性的なことがあるかどうかだけで、関係をジャッジしないということですよね。
渡辺 そうです。日常ってやっぱり、ものすごく地味だから。そこにときどき、あるかもしれないトッピングくらいの感覚でもいいのかな、と。子どもがほしいのにしてくれないとか、そういう切実なケースは別だけど……。愛情の確認がしたいのか、子どもがほしいのか。性的なことをするにしても、目的によって話し合いの仕方をわけたほうがいい気はしますね。子どもがほしい、というだけなら、今の時代、必ずしもセックスをする必要はないわけだし。
ひうら 性的な関係が長く続いていて、子どもも何人かもうけているという人は、ムードとかにもこだわらず、ささっと済ませてるよ、なんて話も聞きますね(笑)。愛情のよりどころにしない、と渡辺さんがおっしゃるように、特別なものと考えすぎないほうがいいのかもしれない。気合を入れ過ぎると、やっぱり重たく面倒なものにもなってしまいますからね。
渡辺 「夫婦はこうあるべき」みたいなイメージは、まだまだ若い世代も払しょくしきれていないと思うんですよ。でも世間がどうあれ、自分たちにとって本当にそれが必要なのか、何を大事にしたいのか、「べき」を疑い続けて落としどころを見つけることが、自分に対しても相手に対しても誠実であるということなんじゃないかなと思います。そのためにも、自分の思い込みや願望が何に由来しているのか……親からの刷り込みなのか、友達と比べてのことなのか、男性も女性も考えてみたらいいんじゃないかな、と。
ひうら 『西園寺さんは家事をしない』も『1122』も、そのとっかかりを模索するきっかけになったらうれしいですね。
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渡辺ペコ
北海道生まれ。漫画家。2004年、「YOUNG YOU COLORS」(集英社)にて『透明少女』でデビュー。2009年、『ラウンダバウト』(集英社)が第13回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出。代表作は『1122(いいふうふ)』(講談社)『にこたま』(講談社)、『おふろどうぞ』(太田出版)など。現在は「モーニング・ツーWEB」(講談社)にて、創作と性加害をテーマにした『恋じゃねえから』を連載中。
ひうらさとる
大阪府生まれ。漫画家。1984年、なかよしデラックス(講談社)に掲載された「あなたと朝まで」でデビュー。代表作『ホタルノヒカリ』はKiss(講談社)にて2004年から2009年まで連載され、ドラマ化や映画化を果たし大きな話題に。ほか代表作として、同誌から『メゾンde長屋』や『ヒゲの妊婦』などがある。現在はBE・LOVE(講談社)より働き方や家事をテーマにした『西園寺さんは家事をしない』を連載していた。
元記事:
【前編】渡辺ペコ×ひうらさとるが考える「いい夫婦」とは?ふたりの漫画家が見つめなおす、恋愛作品の描き方 - with online - 講談社公式 - | 自分らしく、楽しく
【後編】渡辺ペコ×ひうらさとるが考えるいい夫婦とは?「夫婦とはこうあるべき」の考えを疑い続ける必要性 - with online - 講談社公式 - | 自分らしく、楽しく